KAKEIZ ー家系図ー
日本人の心

「いってきます」「ただいま」の意味|帰る場所がある言葉

毎日なにげなく使う「いってきます」「ただいま」。その意味や語源の説、「いってらっしゃい」「おかえり」と対になるあいさつに込められた、帰る場所がある安心と、待つ人の気持ちを紹介します。

「いってきます」「ただいま」の意味|帰る場所がある言葉

朝、玄関で「いってきます」。夕方、ドアを開けて「ただいま」。

毎日、ほとんど何も考えずに口にしている言葉です。けれど、ひとつひとつの言葉をほどいてみると、とてもあたたかい気持ちが込められていることに気づきます。

「いってきます」は「行って、来ます」

「いってきます」は、「行って」と「来ます」が合わさった言葉だと考えられています。

ただ「行きます」ではありません。「行って、また帰って来ます」という約束が、言葉の中に入っているのです。

送り出す側の「いってらっしゃい」も同じです。「行っていらっしゃい」、つまり「行って、また戻っていらっしゃい」という意味だと言われます。

出かける人は「必ず帰ってくるよ」と伝え、見送る人は「待っているよ」と返す。短いやりとりの中で、ちゃんと気持ちを交わしているのです。

英語の「グッバイ」や「シーユー」のような別れのあいさつとは、少しちがいます。日本語のこのあいさつは、別れではなく「また会う」ことを前提にしているところに、特徴があります。

「ただいま」は「たった今、帰りました」

「ただいま」は、漢字で書くと「只今」です。もとは「只今帰りました」の後ろが省かれた形だ、という説があります。

「たった今、帰ってきたよ」。そのひと言で、家の中の人は「無事に帰ってきた」と知って、ほっとします。

迎える側の「おかえり」は、「お帰りなさい」を短くした言葉です。帰ってきた人を、やさしく受け止める言葉です。

こうして並べてみると、4つの言葉はきれいな対になっています。

  • いってきます ⇔ いってらっしゃい
  • ただいま ⇔ おかえり

出かけるときに交わした約束が、帰ってきたときに果たされる。毎日、小さな物語が玄関で完結しているのです。

帰る場所があるということ

「ただいま」と言えるのは、帰る場所があるからです。そして「おかえり」と返してくれる人がいるからです。

ひとり暮らしの人の中には、誰もいない部屋に向かって「ただいま」と言う人もいます。返事はなくても、その言葉を口にすると、少し心が落ち着く。それは、この言葉が「ここが自分の居場所だ」と確かめる言葉でもあるからかもしれません。

実家に帰ったときの「ただいま」には、また別の響きがあります。何年たっても、何歳になっても、親や祖父母は「おかえり」と迎えてくれます。

さらにさかのぼれば、その家にも、そのまた前の家にも、毎日「いってきます」と出かけて「ただいま」と帰ってきた人たちがいました。ご先祖さまも、同じように誰かを見送り、誰かを迎えていたのでしょう。

あいさつが受け継がれてきたのは、家族の暮らしが受け継がれてきたからです。

子どもは、教わったからではなく、毎日の玄関のやりとりを聞いて、このあいさつを覚えます。言葉といっしょに、「待っている人がいる」という安心も手渡されているのです。

今日の一歩

今日、出かけるときと帰ったときに、いつもより少しだけ相手の顔を見て「いってきます」「ただいま」と言ってみてください。返ってくる「おかえり」が、少しちがって聞こえるはずです。

あなたの家族が、むかしどんな家で「ただいま」を言っていたのか。祖父母に聞いてみると、思いがけない話が出てくることがあります。話の聞き方は家族に聞く七つの質問を参考にしてください。

文・つっちー

その気質は、どこから受け継いだものでしょう。

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