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粋(いき)と粋(すい)の意味の違い|江戸と上方、九鬼周造『「いき」の構造』

粋(いき)と粋(すい)の意味の違いをやさしく解説します。江戸の「いき」と上方の「すい」の美意識、九鬼周造『「いき」の構造』が示した三つの要素、反対の言葉「野暮」まで紹介します。

粋(いき)と粋(すい)の意味の違い|江戸と上方、九鬼周造『「いき」の構造』

「粋」には二つの読み方がある

「粋」という漢字には、「いき」と「すい」という二つの読み方があります。
どちらも、あかぬけていて洗練されている、という意味をもつ言葉です。

一般に、江戸(いまの東京)では「いき」、上方(京都や大阪)では「すい」と言われてきました。
同じ字でも、土地によって込められた感覚が少しずつ違います。

どちらも江戸時代の町人文化の中で育った美意識です。
町に暮らす人々が、着るものやふるまいの中で「かっこよさ」を形にしていきました。

江戸の「いき」と上方の「すい」

江戸の「いき」

江戸の「いき」は、すっきりとしていて、さっぱりした美しさを指します。

たとえば、着物なら派手な色よりも、縞(しま)模様や渋い色が好まれたと言われます。
見えないところにこだわる、という感覚もありました。
羽織の裏地に凝ったのはその一例として、よく語られます。

ふるまいでも、ものごとにこだわりすぎず、さらりとした態度が「いき」とされました。
金ばなれがよく、さっぱりしていて、未練を残さない。
そんな江戸っ子の気風と重なる言葉です。

上方の「すい」

上方の「すい」は、人の気持ちやものごとの事情によく通じていることを大切にした言葉だと言われます。

人情の機微がわかる。
相手の立場を思いやって、気のきいたふるまいができる。
そうした心くばりのある洗練が「すい」とされました。

江戸の「いき」が、さっぱりとした引き算の美しさだとすれば、上方の「すい」は、人とのかかわりの中で光る、ゆたかさのある美しさと言えるかもしれません。
ただ、この違いのとらえ方は人によってさまざまです。
はっきりした線引きがあるわけではない、と考えておくとよいでしょう。

反対の言葉「野暮」と九鬼周造『「いき」の構造』

「いき」や「すい」の反対の言葉は「野暮(やぼ)」です。
人の気持ちや場の空気がわからず、あかぬけないことを指します。
「野暮なことは言いっこなし」という言いまわしは、今でもときどき耳にします。

おもしろいのは、「いき」をがんばって気取りすぎると、かえって野暮になることです。
着飾りすぎず、知ったかぶりもしない。
自然体の中にこそ、本当の「いき」があると考えられてきました。

九鬼周造が考えた「いき」

「いき」を本格的に考えた本として知られるのが、哲学者の九鬼周造(くき しゅうぞう)が書いた『「いき」の構造』です。
昭和5年(1930年)に出版されました。

九鬼は、「いき」を日本人ならではの美意識としてとらえ、三つの要素に分けて説明しました。

  1. 媚態(びたい):相手を引きつける、なまめかしさ
  2. 意気地(いきじ):自分の誇りをまげない、張りのある心
  3. 諦め(あきらめ):執着しない、あっさりとした心

この三つが合わさったところに「いき」がある、というのが九鬼の考えです。
少しむずかしい本ですが、日本の美意識を考えるときに、今もよく引用されています。

九鬼は、色や模様についても「いき」を論じています。
たとえば、縦縞は横縞よりも「いき」であると述べました。
また、ねずみ色や茶色、藍色といった落ち着いた色に「いき」を見ています。
江戸の人々が好んだ「四十八茶百鼠(しじゅうはっちゃひゃくねず)」という言葉も、こうした渋い色へのこだわりを伝えるものと言われます。

家族の「いき」を見つけてみる

「いき」や「すい」は、特別な人だけのものではありません。
祖父の身だしなみへのこだわりや、祖母のさりげない気くばりにも、その感覚が残っているかもしれません。

家族が江戸や東京の出なのか、京都や大阪の出なのかで、ものの好みや言葉づかいが違うこともあります。
自分の家のルーツがどこにあるのかを知ると、家族のちょっとしたくせにも理由が見えてきます。

まずは、自分の家がどこから来たのかを確かめるところから始めてみましょう。
家系図診断で、家のルーツを考えるきっかけをつくってみてください。

文・つっちー

その気質は、どこから受け継いだものでしょう。

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