腹八分目の意味と由来|貝原益軒『養生訓』に残る食べ方の知恵
腹八分目の意味と由来をやさしく解説します。江戸時代の貝原益軒『養生訓』に書かれた「八九分にてやむべし」の言葉や、「腹八分に医者いらず」ということわざ、今の暮らしでの生かし方を紹介します。

「腹八分目にしておきなさい」。祖父母や親に、そう言われたことはありませんか。
腹八分目とは、おなかいっぱいの手前、八割くらいで食べるのをやめておくことです。江戸時代の本『養生訓』にも、似た教えが書かれています。
腹八分目の意味
「八分」は、十のうちの八。つまり八割です。
おなかが「もう入らない」となる前に、「もう少し食べられるかな」くらいでやめておく。それが腹八分目です。
食べものだけでなく、「何ごともほどほどに」という意味で使われることもあります。
腹八分目の由来と『養生訓』
腹八分目の考え方を伝える本として、よく名前があがるのが『養生訓(ようじょうくん)』です。
『養生訓』は、江戸時代の学者・貝原益軒(かいばら えきけん)が、正徳3年(1713年)にまとめた本です。「養生」とは、体をいたわって元気に暮らすことを言います。益軒は八十歳をこえてから、この本を書いたと伝わります。
その中に、こんな一節があります。
珍美の食に対すとも、八九分にてやむべし
(貝原益軒『養生訓』)
おいしいごちそうを前にしても、八、九分でやめておくのがよい、という意味です。
「腹八分に医者いらず」
「腹八分に医者いらず」ということわざもあります。食べすぎないことが体をいたわることにつながる、という昔の人の知恵です。
ただし、これは言い伝えとしての言葉です。どれくらい食べるのがよいかは、年齢や体の状態で人それぞれ違います。気になることがあれば、お医者さんに相談してください。
腹八分目が大切にされた理由
昔の日本は、今ほど食べものが豊かではありませんでした。
食べものを大切に分け合うこと。欲ばりすぎないこと。そうした心がまえも、腹八分目という言葉にこめられていたのかもしれません。
また、食事のあとに眠くなって動けない、という経験はだれにでもあるはずです。八分でやめておくと、そのあとも気持ちよく過ごしやすい。そんな暮らしの実感も、この言葉が長く残った理由の一つでしょう。
腹八分目と食卓の心がけ
腹八分目は、ひとりで食べる量の話だけではありません。
大家族が一つの食卓を囲んでいたころは、おかずを取りすぎないことも大切な心がけでした。自分が八分でやめれば、ほかの人の分が残ります。家族みんなが気持ちよく食べられるように、という思いやりでもあったのでしょう。
「残さず食べなさい」と「腹八分目にしなさい」。どちらも、昔の家でよく聞かれた言葉です。一見ちがうことを言っているようですが、根っこにあるのは「食べものを大切にする」という同じ気持ちです。
腹八分目を取り入れるときの注意点
腹八分目は、無理に食事を減らすことをすすめる言葉ではありません。育ちざかりの子ども、体を動かす仕事の人、食が細くなった高齢の人など、必要な量は人によって大きく違います。
「八分にしなければ」とがまんしすぎず、自分の体の声を聞くきっかけとして受け止めるのがよいでしょう。
よくある質問
腹八分目はどうやって分かるの?
決まった量はありません。「まだ少し食べられる」と感じたところで箸を置く、くらいの目安で考えるとよいでしょう。ゆっくりよくかんで食べると、気づきやすくなると言われます。
腹八分目は『養生訓』が始まり?
「八分目」という考え方そのものが、いつどこで生まれたかははっきりしません。『養生訓』は、その考え方を伝える代表的な本として知られています。
今日の一歩
今日の食事で、ひと口目をゆっくり味わってみてください。そして「おいしいな」と感じながら、少し早めに箸を置いてみましょう。
「腹八分目」のような口ぐせは、家ごとに受け継がれていることがあります。祖父母がよく言っていた言葉を聞いてみると、その家の暮らしが見えてきます。聞き方のヒントは家族に聞く七つの質問にまとめています。
文・つっちー



