挨拶の語源と意味|禅の「一挨一拶」、こんにちは・さようならの由来
挨拶の語源と意味をやさしく解説します。もとは禅の「一挨一拶」という問答の言葉でした。「こんにちは」「さようなら」「おはよう」など、毎日使う挨拶の由来もあわせて紹介します。

「挨拶」はもともと禅の言葉
毎日なにげなく使っている「挨拶(あいさつ)」という言葉。
実は、仏教の禅宗から来た言葉だと言われます。
禅には「一挨一拶(いちあいいっさつ)」という言葉があります。
「挨」には押す、「拶」には迫るという意味があります。
禅の修行では、師と弟子、あるいは修行者どうしが問答をかわします。
相手に言葉で迫り、その受けこたえから、悟りの深さや心のありようを確かめました。
これが「一挨一拶」です。
やがてこの言葉が、一般の人の間にも広がりました。
そして、人と会ったときにかわす言葉やしぐさを「挨拶」と呼ぶようになったと考えられています。
挨拶は心をかよわせるもの
もとの意味を知ると、挨拶はただの決まり文句ではないことがわかります。
相手と向き合い、心をかよわせるためのやりとりだったのです。
「おはよう」のひとことにも、相手の様子を気づかう気持ちがこもっています。
「こんにちは」「さようなら」の由来
「こんにちは」
「こんにちは」は、昔の挨拶の言葉が短くなったものと言われます。
もとは「今日は、ご機嫌いかがですか」のように、「今日は」のあとに相手を気づかう言葉が続いていました。
その後ろの部分が省かれ、「今日は」だけが残りました。
なぜ「こんにちわ」ではないの?
「今日は」の「は」は、「わたしは」の「は」と同じ働きをしています。
そのため、正しくは「こんにちは」と書きます。
「こんばんは」も、「今晩は〇〇ですね」が短くなったものと言われます。
昔の人は、会ったときにまず相手の体や気分を気づかう言葉をかけていました。
その気持ちは、言葉が短くなった今も「こんにちは」の中に残っています。
「さようなら」
「さようなら」は、「左様(さよう)ならば」から来た言葉です。
「左様」は「そのよう」、つまり「それならば」という意味です。
昔は「左様ならば、これで失礼いたします」のように使われていました。
その最初の部分だけが残り、別れの言葉になったと考えられています。
「それならば」という言葉が別れのしるしになったところに、日本語らしさを感じる人もいます。
相手との時間を受けとめて、静かに区切りをつける。
そんなやわらかさのある挨拶です。
最近は、改まった別れの場面以外では「じゃあね」「またね」を使う人が多くなりました。
「さようなら」には、少しさびしい響きを感じる人もいるようです。
それでも、小学校の帰りの会などで、今も大切に使われている言葉です。
ほかの挨拶の由来
身近な挨拶にも、それぞれ由来があります。
- おはよう:「お早く(ございます)」が変化した言葉。早くから働く相手をねぎらう気持ちがあると言われます
- いただきます:もとは目上の人から物を受けとるとき、頭の上にかかげる「いただく」から来たと言われます
- ごちそうさま:「馳走(ちそう)」は走りまわること。食事を用意するために走りまわってくれた人への感謝の言葉です
- おかげさま:「お陰」は神仏や人の助け。目に見えない支えに感謝する言葉です
どの挨拶にも、相手や見えないものへの感謝が込められています。
家族の挨拶を思い出してみる
家ごとに、ちょっと変わった挨拶やあいさつのくせがあるものです。
祖父母が使っていた方言の挨拶や、家族だけに通じる言いまわしはありませんか。
そうした言葉は、家族の歴史や出身地を知る手がかりにもなります。
「おばあちゃんは、朝なんて言ってた?」と聞いてみると、思わぬ話が広がるかもしれません。
今日は家族に、昔の挨拶や言葉のくせについて聞いてみましょう。
話を引き出すコツは、家族への聞き方で紹介しています。
文・つっちー



