橘紋の意味と由来|井伊家の彦根橘と主な種類・使った家
橘紋の意味と由来をやさしく解説します。橘は、いつまでも葉が青い不老長寿の木とされ、橘氏や井伊家が紋に使いました。井伊家の井桁と橘の伝説、彦根橘などの種類、橘を神紋とする梅宮大社までまとめました。

橘紋(たちばなもん)は、ミカンの仲間・橘(たちばな)の実と葉を図にした家紋です。冬も葉が青いことから、長く続く命の象徴とされてきました。
十大家紋(じゅうだいかもん。とくに多く使われる十の家紋)の一つで、彦根藩の井伊家が使ったことでも知られています。
橘紋の由来 「常世の国」から来た木
橘は、日本に昔からある小さなミカンの木です。
『古事記』には、こんな話があります。垂仁天皇(すいにんてんのう)の命を受けた田道間守(たじまもり)が、海のかなたの「常世(とこよ)の国」から、いつもよい香りのする木の実を持ち帰った、というものです。この実が橘だと言われています。
そのため橘は、不老長寿を思わせる、めでたい木とされてきました。京都御所の紫宸殿(ししんでん)の前には、「右近の橘(うこんのたちばな)」が植えられています。今の文化勲章のデザインにも、橘の花が使われています。
奈良時代には、元明天皇が県犬養三千代(あがたいぬかいの みちよ)に「橘」の姓を与えました。ここから始まる橘氏は、源氏・平氏・藤原氏とならぶ「源平藤橘(げんぺいとうきつ)」の一つです。橘紋は、この橘氏の紋として使われたと言われます。
橘紋の種類
橘紋は、まん中に実、まわりに葉を配した形が基本です。
- 橘 … 実と葉の基本の形
- 丸に橘 … まわりを丸で囲んだ形。家紋でよく見かけます
- 彦根橘(ひこねたちばな) … 井伊家の橘
- 三つ橘 … 三つの橘を組み合わせた形
見分けるときは、実のまわりの葉に注目してください。実の上に三枚、下の茎に二枚の葉をつける形が多く見られます。実の数がふえたり、葉の向きが変わったりして、名前が変わっていきます。
橘の紋は、柑橘(かんきつ)の実の丸みと、とがった葉の組み合わせが特ちょうです。似た紋に「桔梗(ききょう)」がありますが、こちらは五つの花びらだけでできているので、実と葉のある橘とは見分けられます。
江戸時代には、めでたい模様の一つとして多くの家に広まりました。
橘紋を使った家と神社
井伊家の橘と井桁
井伊家には、井桁(いげた。井戸の枠の形)と橘の、二つの紋があります。
井伊家の先祖・井伊共保(いい ともやす)は、井戸のそばで見つかった子だと伝えられます。その井戸のそばに橘の木があった、という言い伝えがあり、そこから井桁と橘を紋にしたと言われます。また、井伊家の地元・井伊谷(いいのや)の神社が橘を神紋にしていたから、という説もあります。
井伊直政や、幕末の大老・井伊直弼(いい なおすけ)も、この家の人です。
彦根藩の井伊家が使った橘は「彦根橘」と呼ばれます。井桁と橘、二つの紋は、それぞれ井戸と木にまつわる先祖の言い伝えにつながっています。家紋が、家のはじまりの物語を伝える役目をはたしている例です。
井伊家のほかにも、橘氏の流れを名のる家や、めでたい木として橘を選んだ家が、橘紋を使いました。
橘を神紋とする梅宮大社
京都の梅宮大社(うめのみやたいしゃ)は、橘氏の氏神をまつる神社です。神紋(神社の紋)は橘です。
また、日蓮宗の宗紋は「井桁に橘」です。寺でも橘の紋を見かけるのは、そのためです。
よくある質問
家紋が橘なら、橘氏や井伊家の子孫?
そうとは限りません。橘紋は、江戸時代にめでたい模様として多くの家に広まりました。紋だけで、家の血すじは決められません。
橘と、ふつうのミカンは同じ?
どちらもミカンの仲間ですが、橘は日本にもとからある種類です。実は小さく、すっぱいと言われます。
今日の一歩
日蓮宗のお寺の前を通ったら、屋根や幕の紋を見てみてください。井桁の中に橘があれば、それが宗紋です。
わが家の紋も橘かもしれません。苗字から家紋を引くで、名字に多い家紋を調べてみましょう。
文・つっちー



