九曜紋の意味と由来|細川家・伊達家が使った星の家紋
九曜紋の意味と由来をやさしく解説します。まん中の大きな丸と、まわりの八つの丸は、九つの星をあらわしています。細川家や伊達家が使った理由として伝わる話、七曜・八曜・三つ星など星の紋の種類も紹介します。

九曜紋(くようもん)は、まん中の大きな丸を、八つの小さな丸がぐるりと囲んだ家紋です。この九つの丸は、空の星をあらわしています。
熊本の殿さまだった細川家の紋として知られ、伊達家や相馬家なども九曜を使いました。
九曜紋の意味|九つの星とは
「九曜(くよう)」は、昔のインドの天文学から生まれた考え方です。仏教といっしょに中国を通って日本に伝わりました。
九つの星は、次のように数えます。
- 日(太陽)・月
- 火星・水星・木星・金星・土星
- 羅睺(らご)・計都(けいと)…日食や彗星にかかわると考えられた、目に見えない星
並べてみると、日曜日から土曜日までの名前と同じ字が入っていますね。曜日の呼び名も、この星の考え方とつながっています。
平安時代には、生まれた年によって守ってくれる星があると考えられ、星をまつる祈りが行われました。九曜紋は、そうした星への信仰から生まれた紋だと言われます。
紋の形を見ると、星はとがった形ではなく、まん丸で描かれています。昔の日本では、星を丸であらわすのがふつうでした。今の私たちが思いうかべる五角の星形とはちがうので、はじめて見ると星の紋だと気づかない人も多いようです。
九曜紋の由来|細川家と伊達家
細川家の九曜
細川家が九曜を使うようになったきっかけとして、こんな話が伝わります。
戦国時代の武将・細川忠興(ただおき)が、織田信長の持ち物に九曜の模様があるのを見て気に入り、信長の許しを得て家の紋にした、という話です。ただし、これは言い伝えとして語られているもので、細かな点は本によってちがいます。
細川家の九曜は、まわりの丸の大きさや並び方に特ちょうがあり、「細川九曜」と呼ばれることもあります。
細川家は、江戸時代に熊本藩の大名となりました。そのため熊本では、今も九曜紋を目にする機会が多くあります。城や寺、町のしるしなどに使われ、土地の人にとって親しみのある紋になっています。
伊達家・相馬家の九曜
伊達家は「竹に雀」や「竪三引両(たてみつひきりょう)」などいくつもの紋を持ち、九曜もその一つでした。
福島県の相馬家も九曜を使いました。相馬家は、北極星や北斗七星をまつる「妙見(みょうけん)信仰」と深くかかわった家として知られます。星の紋は、こうした信仰とも結びついていたと考えられています。
七曜・八曜・三つ星|星の家紋の種類
丸を星に見立てた紋は、九曜のほかにもあります。
- 七曜(しちよう) … まん中の丸を、六つの丸が囲む形
- 八曜(はちよう) … まん中の丸を、七つの丸が囲む形
- 三つ星 … 三つの丸を並べた形。毛利家の「一文字に三つ星」が有名です
- 月に星 … 三日月と星を組み合わせた形
数え方は「まん中もふくめて全部でいくつか」です。九曜なら、まん中1つ+まわり8つで9つ。見分けるときは、丸の数を数えてみましょう。
また、九曜の外側に輪をつけた「丸に九曜」や、まわりの丸を少し離して描いたものなど、同じ九曜でも描き方はさまざまです。お墓や着物の紋を見るときは、丸の大きさや、すき間の広さにも目を向けてみてください。
よくある質問
九曜紋は縁起がいいのですか?
九曜は、星に守られるようにという祈りから生まれたと言われます。ただ、紋は家のしるしなので、縁起のよしあしで選ぶものではありません。
九曜紋の家は、細川家とつながりがありますか?
そうとは限りません。九曜は多くの家が使ってきた紋です。家系のつながりは、紋だけでなく戸籍や家の記録で確かめます。
今日の一歩
夜、空を見上げて、いくつ星が見えるか数えてみてください。昔の人は、その星に家の行く先を重ねて紋をつくりました。
わが家の紋を、人の姿にしてみるのもおもしろい楽しみ方です。家紋を人にするで、紋に込められた形を別の目で眺めてみましょう。
文・つっちー



