菊紋の意味と由来|皇室の十六八重表菊と使用制限の歴史
菊紋の意味と由来をやさしく解説します。皇室の紋「十六八重表菊」は、鎌倉時代の後鳥羽上皇から始まったと言われます。明治に決められた使用の制限、皇族の十四一重裏菊、楠木正成の菊水紋までまとめました。

菊紋(きくもん)は、菊の花を図にした紋です。なかでも花びらが16枚、八重にかさなった「十六八重表菊(じゅうろくやえおもてぎく)」は、皇室の紋として知られています。
明治時代には、皇族のほかは菊の紋を使ってはいけない、という決まりもありました。どうしてそこまで大切にされたのか、順番に見ていきましょう。
菊紋の由来 後鳥羽上皇が好んだ花
菊は、もとは中国から伝わった花です。長生きの力がある花と考えられ、奈良・平安の貴族に愛されました。
菊を皇室の印にしたのは、鎌倉時代の後鳥羽上皇(ごとばじょうこう)だと言われます。上皇は菊をとても好み、身のまわりの品に菊の模様をつけました。その後の天皇も受け継ぎ、やがて十六八重表菊が皇室の紋として定まっていった、とされます。
上皇は刀づくりも好み、自ら手がけた刀に菊の模様を刻んだと言われます。こうした刀は「菊御作(きくごさく)」と呼ばれ、今に伝わっています。
ただし、そのころの菊紋は、まだ「皇室だけの紋」ではありませんでした。公家や寺社が使うこともあり、使い方の決まりはゆるやかだったようです。それが大きく変わるのが、明治時代です。
菊紋の使用制限の歴史
菊紋は、明治時代に「勝手に使ってはいけない紋」になりました。主な流れは次のとおりです。
- 明治元年(1868年) … 提灯や焼き物などに菊の紋をみだりに描くことが、太政官布告(だじょうかんふこく。当時の政府の命令)で禁じられました
- 明治2年(1869年) … 一部をのぞき、寺や神社が菊の紋を使うことも禁じられました
- 明治4年(1871年) … 皇族のほかは菊の紋を使ってはいけないと決まり、皇族の紋は「十四一重裏菊(じゅうよんひとえうらぎく)」とされました
- 大正15年(1926年) … 皇室儀制令(こうしつぎせいれい)で、天皇の紋は十六八重表菊、親王などの紋は十四一重裏菊と定められました
戦後、これらの決まりはなくなりました。今の法律には、菊の紋を皇室の紋と決めたものはありません。それでも、慣例として皇室の紋として使われ続けています。
また、十六八重表菊に似た図は、商標として登録できません。国の紋章に近いものとして扱われているためです。
菊紋の種類と、使われている場所
菊紋には、いくつもの形があります。
- 十六八重表菊 … 花びら16枚が二重にかさなる形。皇室の紋
- 十四一重裏菊 … 花びら14枚を裏から見た形。皇族の紋
- 十六一重表菊 … 花びらが一重の形。日本のパスポートの表紙に使われています
- 菊水(きくすい) … 水の流れの上に、半分の菊が浮かぶ形
菊水は、南北朝時代の武将・楠木正成(くすのき まさしげ)の紋として有名です。正成をまつる神戸の湊川神社(みなとがわじんじゃ)でも、菊水が神紋(神社の紋)として使われています。
神社と菊の紋の関係も見ておきましょう。明治の禁止のあとも、皇室とつながりの深い一部の神社では、許しを受けて菊の紋が使われてきました。今も社殿や幕に菊の紋が見られる神社があるのは、そのためです。
よくある質問
家紋が菊なら、皇室とつながりがある?
そうとは限りません。菊の形を取り入れた家紋はいろいろあり、皇室の十六八重表菊とは形がちがいます。家紋だけで家の歴史は決められません。
今、菊の紋を使ってもいい?
家で受け継いだ菊の家紋を使うことは、ふつうに行われています。ただし、皇室の紋とまぎらわしい形を、お店のマークなどに使うことは避けましょう。商標としては登録できません。
今日の一歩
パスポートを持っている人は、表紙を見てみてください。そこにある菊の花びらは何枚でしょう。数えてみると、紋の歴史が少し身近になります。
菊の紋のように、家紋にはそれぞれ物語があります。その物語を、人の姿にしてみる遊びもあります。家紋を人にするで、気になる紋を人の姿にしてみましょう。
文・つっちー



