士族・平民・華族とは?意味と違い|明治の族称と廃止まで
士族・平民・華族とは何か、その意味と違いをやさしく説明します。明治のはじめに生まれた族称のしくみ、戸籍への書かれ方、1947年に廃止されるまでの流れ。古い戸籍で「士族」の文字を見つけたときの読み方も。

士族・平民・華族は、明治時代に決められた身分の呼び名で、「族称(ぞくしょう)」と言います。
ざっくり言うと、華族は元の公家や大名、士族は元の武士、平民はそれ以外の人びとです。この呼び名は古い戸籍にも書かれましたが、1947年(昭和22年)までにすべてなくなりました。
族称の意味と三つの違い
江戸時代の身分のしくみは、明治になって大きく変わりました。1869年(明治2年)、版籍奉還(大名が土地と人民を天皇に返したこと)のあとに、新しい呼び名が設けられます。
- 華族 … 元の公家(朝廷に仕えた貴族)と、元の大名
- 士族 … 元の武士(藩士など)
- 平民 … 農民・町人など、それ以外の人びと
華族には、1884年(明治17年)の華族令のあと、国に功績のあった人も加えられました。
はじめは、士族の下に「卒族(そつぞく)」という区分もありました。身分の低い武士のための呼び名ですが、1872年(明治5年)に廃止されます。代々つとめた家は士族に、そうでない人は平民に入れられました。
また1871年(明治4年)には、それまで差別されていた人びとの呼び名を廃止する布告も出されています。
族称と戸籍
族称は、戸籍にも書かれました。明治の戸籍には、戸主(家の主)の名前のそばに「士族」「平民」などと記されています。
ただ、族称の意味はだんだん小さくなっていきます。
- 武士の特権だった帯刀は禁じられ、給料にあたる家禄もなくなった
- 平民も名字を名乗れるようになった
- 1914年(大正3年)の戸籍法の改正後は、族称は家の出を示すだけのものになったとされます
それでも、昭和のはじめごろまでは、履歴書などに族称を書く習わしが残っていたと言われます。祖父母の世代には、「うちは士族だった」という話を親から聞いて育った人もいるかもしれません。
そして1947年、日本国憲法の施行によって華族の制度は廃止されました。同じ年の戸籍法の全面改正で、族称は法のうえで完全になくなっています。
古い戸籍で「士族」を見つけたら
先祖を調べていて、古い戸籍に「士族」と書かれているのを見つけることがあります。その家が、明治のはじめに武士の家として扱われていた、という手がかりになります。
そこから、こんな調べ方につながります。
- 戸籍の本籍地から、どの藩の土地だったかを調べる
- その藩の家臣の名簿などが、図書館や資料館に残っていないか探す
- お墓や過去帳と照らし合わせる
藩の家臣の記録は、その藩があった地域の図書館や資料館、文書館に残っていることがあります。問い合わせるときは、戸籍でわかった名前と本籍地を伝えると、話が早く進みます。
一方で、「平民」と書かれていても、がっかりする必要はまったくありません。日本の人びとの大半は平民でした。ご先祖が田畑を耕し、商いをし、暮らしをつないできたからこそ、今の自分がいます。
族称で人を判断しない
族称は、今ではもう何の意味ももたない、過去の制度です。人の価値を決めるものではありません。家の歴史を知る手がかりの一つとして、そっと受け止めてください。
よくある質問
戸籍に族称が見えないことはある?
あります。古い戸籍の写しでは、差別につながる記載が見えないように扱われる場合もあるようです。
士族ならみんな武士だった?
おおむね武士の家ですが、明治のはじめの決め方には地域ごとの違いもありました。くわしくは「先祖が武士か調べる方法」の記事も参考にしてください。
今日の一歩
家に古い戸籍の写しがあれば、戸主の名前のそばを見てみてください。族称が書かれているかもしれません。
まだ手もとにないなら、まず取り寄せるところから始めましょう。方法は戸籍の取り寄せ方にまとめています。
文・つっちー



